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植物のゲノム編集は我々に利益をもたらすか -世界のレビュー論文から見えてくるゲノム編集作物の希望と課題-

2024.01.21

ゲノム編集トマトの誕生

日本初のゲノム編集食品は、筑波大学と同大学発のスタートアップであるサナテックシード株式会社(現サナテックライフサイエンス株式会社)の共同研究により開発された高付加価値化作物のトマトです。このトマトは「シシリアンルージュハイギャバ」と名付けられ、2020年12月に厚生労働省によって届け出が受理されました [1]。

ゲノム編集食品が注目を集めるようになった理由の一つに、2019年10月から適用されている届け出制度[2]の影響があります。外来から別種の遺伝子を組み込む遺伝子組換え食品とは異なり、ゲノム編集食品は、ゲノムの特定の遺伝子をノックアウトさせるだけで形質変化を生じさせることを目的としています。

そのため、厚生労働省は、「編集したオフターゲットの遺伝子変異が、自然界でも確率的に発生しうる変異と比較しても判断が困難なレベルであり、導入遺伝子が残存しない場合、遺伝子組み換え食品とは異なる扱いをすることは妥当である」という旨を提言しています。これにより、多くのゲノム編集食品は、厚生労働省への届け出のみで流通させることができるようになり、参入障壁が格段に下がりつつあります。

サナテックシード株式会社(現サナテックライフサイエンス株式会社)によるトマトを旗振り役として、我々の食卓にゲノム編集食品が並ぶ未来はそう遠くないと言えるでしょう。いずれは、当たり前のように(あるいはゲノム編集による食品であることを知らないうちに)我々はゲノム編集食品を口にすることになるかもしれません。

そこで今回は、ゲノム編集食品の中でも植物に焦点を当て3本のレビュー論文を紹介しながら、植物のゲノム編集作物の希望と課題をまとめていこうと思います。

レビュー論文から見えてくる植物のゲノム編集の課題

①規制の再検討の必要性

まずは2019年1月にNational Science Reviewに投稿された、Yanfeni Mao氏らによるレビュー論文 ‘Gene editing in plants: progress and challenges‘ [3] から、ゲノム編集食品の規制について考えていきます。Yanfeni氏らによれば、CRISPR/Cas9やCRISPR/Cas12aなどの台頭により、植物においてもゲノム編集の研究は確実に進歩しているといいます。

しかしその一方、ゲノム編集を作物育種に応用する上でいくつもの障壁が存在しています。その中でも一番大きなものは、ゲノム編集作物が遺伝子組み換え生物(GMO)とみなされるべきかどうかの議論が根強いことです。日本では、上述したように、2019年10月から法律でゲノム編集作物とGMOの基準が設けられ、両者は区別されるようになりました。ゲノム研究が盛んな米国でも同様の判断がされていますが、ヨーロッパでは、ゲノム編集作物はGMOと同様に見なされており、非常に厳しい制限下にあります。また、そもそも国際的な規約が存在しないため、地域ごとの認識の差が生じ、輸出入に制限がかかっていることが多いのです。多くの作物が輸出入により国境を超えているのでから、これが研究の行く手を阻む要因となっていることは優に想像ができるでしょう。

Yanfeni氏曰く、ゲノム編集作物へのこうした扱いは「根拠のない懸念」であり、規制を再検討する必要がある。CRISPRによって誘発される遺伝子変異のほとんどは大きな遺伝子断片の挿入や配列変更ではなく、小規模な挿入や欠失(インデル)であり、自然条件下で生育した植物の頻繁にも見られ、放射線や化学的変異原を用いて大規模に誘発することも可能であるため、従来の作物と同様に扱われるべきだと主張しています(これはまさに日本が下した決定と同じです)。

また、規制の検討だけではなく、ゲノム編集作物が社会に受け入れられるかどうかも大きなテーマの一つです。いくら法律が認めていようとも、「生物のゲノムを編集している」と聞くと、我々はSF映画などをイメージして漠然とした根拠のない不安を抱えてしまいます。技術的には画期的なゲノム編集食品であったとしても、それらを口にする一般の人々の理解が得られなければ、世の食卓に普及する蓋然性は低いでしょう。科学領域の研究者以外にゲノム編集食品の有用さをどのように伝えるかは、今後重要なテーマの一つとなってくるはずです。

②オフターゲット効果

次に、技術的な課題として、オフターゲット効果があります。オフターゲット効果とは、CRISPR/Cas9におけるgRNA配列のミスマッチの許容性などが原因で、本来の目的とは異なる別の標的の切断を起こし、不可逆的な遺伝子変異を引き起こす現象です。近年、機械学習や深層学習を用いた様々なツールにより、対象のgRNAをより正確に予測しようとする試みも登場していますが、これらのツールには、まだまだ多くの課題が存在しており、オフターゲット効果の完全な解決には至っていません。[4] [5]
しかし、さきほどのYanfeni氏らによれば、オフターゲット効果だからといって必ずしも作物に負の影響を与えるわけではなく、オフターゲット効果の中でも、我々にとって望ましい変異をもたらすものや、特段問題を生じないものもあるため、そうした生殖株は残し、望ましくない変異を生じた個体のみ排除すればよい。と主張しています。
同様のことは、Nathaniel Graham氏らによる2020年の論文 ‘Plant Genome Editing and the Relevance of Off-Target Changes’ [6]においても詳細に述べられています。Nathaniel氏らによると、多くの植物は、一個体内に複数の独立した生殖器官を発達させていることなどを理由に、動物に生じるオフターゲット効果よりも個体全体に与える影響は小さいといいます。そのため、適切な管理によって有用な表現型を有する個々の植物を選択すれば、オフターゲット効果による影響を最小限に押さえられると言うのです。

しかし、こうした変異は必ずしも目に見える形で現れるとは限らないため、この主張は少々詭弁かもしれません。今後もオフターゲット効果のない配列探索ツールや、適切なCRISPR/Cas輸送キャリアの開発が行われていくことでしょう。

③ゲノム編集がもたらす周囲の植物への影響

最後はゲノム編集で生じうる新たな問題について考えてみましょう。

2021年にPlantsに掲載された、Amjad Hussain氏らの’ Herbicide Resistance: Another Hot Agronomic Trait for Plant Genome Editing’ [7] によると、CRISPR/Casによるゲノム編集作物の台頭により、それらを栽培する際の周囲の雑草にも変化が起きうると言います。

雑草は水や栄養素を作物と競い、生産に悪影響を及ぼします。また雑草は、病原体や昆虫の寄生場となり、作物に感染させ、在来の生態系に損害を与えたりします。そのため、作物を育てる際には雑草を駆除するための除草剤を使用することが多いのですが、glyphosateやparaquatなどの非選択的除草剤を用いると、育てたい作物そのものも障害を受けてしまうという問題があるのです。

そこで近年、除草剤に耐性を持つゲノム編集作物が開発されています。育てたい作物が除草剤耐性を持つことで、雑草だけが駆除され、より多くの質の良い作物が栽培できるという理屈に基づき、実際、作物のTaALSとACCaseの 2つの遺伝子を同時に編集するシステムなどが導入され始めているそうです。Amjad Hussain氏曰く、米や小麦、スイカなど10を超える種ですでに除草剤耐性を持たせた作物の開発研究が公開されているといいます。作物のゲノム編集を行う際に副次的に除草剤耐性を獲得させることができれば、これは非常に合理的なアプローチだといえるでしょう。

しかし、除草剤耐性を持った作物の開発は、逆に農家が多くの除草剤を使用するリスクがあります。これにより、除草剤コストが増加し、雑草が耐性を持つことで除草剤の効果が低減する可能性があります。除草剤耐性のゲノム編集研究が、除草剤開発と耐性のイタチごっこ現象を招く可能性がある皮肉な状況です。
ゲノム編集技術は画期的ですが、課題は数多く存在しています。長所だけに焦点を当てると様々な問題を引き起こす可能性があり、逆に状況を悪化させる可能性があります。この素晴らしい技術を有益に活用するためには、慎重な検討と注意が必要です。

今回は3つのレビュー論文をもとに、植物のゲノム編集において注目すべき3つのポイントを紹介しました。

これ以外にも植物のゲノム編集に関する研究は進行中であり、技術の進展と同時に解決すべき課題も多く残っています。将来の生活の向上のためには、ゲノム編集食品に対する興味を持ち、議論を続けることが大切です。

参考文献

[1] 日本経済新聞 「「ゲノム編集食品」国が初承認 トマト流通へ」
[2] 薬事・食品衛生審議会食品衛生分科会 新開発食品調査部会 報告書 「ゲノム編集技術を利用して得られた食品等の食品衛生上の取扱いについて 平成31年3月27日 」
[3] Yanfei Mao, Jose Ramon Botella, Yaoguang Liu, Jian-Kang Zhu, Gene editing in plants: progress and challenges, National Science Review, Volume 6, Issue 3, May 2019, Pages 421–437, https://doi.org/10.1093/nsr/nwz005
[4] Pallarès Masmitjà M, Knödlseder N, Güell M. CRISPR-gRNA Design. Methods Mol Biol. 2019;1961:3-11. doi:10.1007/978-1-4939-9170-9_1
[5] Lin Y, Cradick TJ, Brown MT, et al. CRISPR/Cas9 systems have off-target activity with insertions or deletions between target DNA and guide RNA sequences. Nucleic Acids Res. 2014;42(11):7473-7485. doi:10.1093/nar/gku402
[6] Graham N, Patil GB, Bubeck DM, et al. Plant Genome Editing and the Relevance of Off-Target Changes. Plant Physiol. 2020;183(4):1453-1471. doi:10.1104/pp.19.01194
[7] Zhang, R.; Liu, J.; Chai, Z.; Chen, S.; Bai, Y.; Zong, Y.; Chen, K.; Li, J.; Jiang, L.; Gao, C. Generation of herbicide tolerance traits and a new selectable marker in wheat using base editing. Nat. Plants 2019, 5, 480–485.

※この記事は、https://www.setsurotech.com/media_cat/genomedit/ に掲載のコラムとセツロテック監修ゲノム編集の本「らせんを操るゲノム編集」をもとに再編集したものです。