Column

培養肉が世界を変える!? -ゲノム編集と食肉の未来に迫る

2024.01.21

人工培養肉が食肉市場を一変させる

2021年6月23日、イスラエルのレホヴォットに本社を置くFuture Meat Technologiesが、世界で初めて人工培養肉工場を設立したことを発表しました[1]。同社CEOのロム・クシュク氏によれば、この工場では一日に500kg、ハンバーガー換算で5,000個分に相当する人工培養肉を生産できるといいます。さらに、この工場の特筆すべき点は、従来の畜産場に比べて温室効果ガスの排出量を80%、土地の使用量を99%、淡水使用量を96%にまで削減して食肉生産ができることであり、食肉生産にまつわる環境問題の克服が期待されています。

そこで、人工培養肉に焦点を当て、人工培養肉がどのようなものであるか、そしてゲノム編集が培養肉研究にどのように利用されているかについて紹介していきます。

人工培養肉とは

「人工培養肉」は英語で、「cultured meat」や「clean meat」と呼ばれ、人工的に作られた食肉のことを指します。人工培養肉とは、“生きている動物から、少ない侵襲で筋肉細胞を採取し、栄養を与えて培養することで筋肉組織へと成長させたもの”とされています。

この筋肉組織は、生物学的には私たちが普段食する肉の主成分である肉組織と同一です。つまり、人工培養肉とは、肉の成分を0から生み出すのではなく、動物の筋肉細胞を動物の体外で人間が食べることができるサイズまで人工的に培養したものということになります。

それでは、このような方法を用いて肉を人工的に生産することにどのようなメリットがあるのでしょうか。

人工培養肉のメリット

人工培養肉のメリットとして一番に挙げられるのは、食肉の需要増大に対して環境に配慮した供給の維持ができるということです。地球上の人口は、発展途上国を中心に増加の一途をたどっており、2030年には85億人、2050年には100億人近くになるとも予想されています[2]。これに伴って食肉の需要も増加し続けており、2016年時点で3億1700万トンほどであった世界の年間食肉消費量は、2050年には5億トンを超える量まで増加すると見込まれています [3][4]。

食肉の需要増大に対応するため、人類は家畜に対して品種改良を行ったり飼育方法や飼料を改良したりして生産性の向上を試みてきましたが、一方で、食肉の生産には膨大な資源が必要となります。2010年の研究によれば、1kgの食肉を生産するための水使用量(Water footprint)は、野菜や果物に比べて大幅に多く、特に牛肉の生産には、15,415Lもの水が必要です[5]。また、家畜を生産するためには、水だけでなく、広大な敷地や輸送にかかる燃料なども必要です。それだけの資源を使い、世界では毎日推定1億3000万羽の鳥と400万匹の豚が食肉のために屠殺されているにもかかわらず、消費の場では膨大なフードロスを発生させています。こうした背景を踏まえ、従来の食肉の代替品として人工培養肉が近年注目を集めています。人工培養肉の具体的なメリットとしては次のような点が挙げられます。

① 必要な水、飼料を抑え、小さいスペースで生産ができる
② 動物を屠殺する必要性がない
③ 畜産の過程で排出されるCO2やメタンなどの有害物質を低減できる

→従来よりも消費地に近い場所で生産することで、食肉の生産や加工、輸送において大量に発生する有害物質や、牛がゲップとして吐き出すメタンの量を減らすことができます。

このように、人工培養肉は従来の食肉生産における様々な問題点を克服できる可能性を秘めており、すでに海外のいくつかの国では、人口培養肉の販売許可が下りています。

人工培養肉とCRISPR

ではここで、ゲノム編集の技術、特にCRISPR/Cas9が人工培養肉において利用されている例について触れていきます。

CRISPR/Cas9は、Emmanuelle Charpentier氏とJennifer A. Doudna氏によって開発された現在のゲノム編集の主要な技術です。TALEN, ZFNに続いて第3世代のゲノム編集ツールと呼ばれているCRISPR/Cas9は、対象のDNAを塩基配列特異的に切断し、目的の遺伝子を欠損(ノックアウト)させることで形質発現を操作することができます。さらに、DNA切断に伴う修復機構を利用すれば、逆に外部からドナーDNA を導入することで目的の遺伝子を発現させることも可能です。

前述したように、人工培養肉の基本的な仕組みは、動物の筋肉細胞・組織培養です。筋肉細胞を、細胞の増殖・分化を促進する成長因子と、細胞が成長するのに好ましい培地を与えることで培養させるができます。そして、人工培養肉の生産において課題となるのは、「どのようにして素早い培養を可能にするか」です。
これに対する答えとして、
①筋肉細胞そのものの増殖速度を速める ←「成長する内部メカニズムを高める」
②成長因子、培地をより効率的なものに改良する ←「望ましい環境の提供」
の2つが考えられます。

CRISPR/Cas9を用いたゲノム編集技術によってこの二つを実現しようとして、それぞれの手法に取り組む企業がいくつかありますので、その中の一つずつを紹介します。

UPSIDE Foods (旧Memphis Meats)

UPSIDE Foodsは、2015年に心臓外科医のウマ・ヴァレティ氏と生物学者のニコラス・ジェノベーゼ氏によって設立された米国のカリフォルニア州サンフランシスコに本社を置くスタートアップです[6]。

UPSIDE Foodsが持つ技術の最大の特徴は、人工培養肉の生産にあたり、培養対象となる筋肉の細胞そのものに対してCRISPR/Cas9の技術を適用する点にあります。特許協
力条約の資料[7][8]によると、筋肉の細胞に対してCRISPR/Cas9を適用し、細胞周期を停止させる「Rb遺伝子」を不活化させて細胞周期の進行を促進させたり、細胞寿命の伸長に関与するテロメアーゼの発現を抑制する「p15遺伝子」や「p16遺伝子」を不活化させたりして、効率よく筋肉の細胞を増殖させる技術を特許申請しています。UPSIDE Foodsの生み出す人工培養肉は遺伝子の挿入を伴わないため、日本の「ゲノム編集食品」にも含めることができます。

Core Biogenesis

Core Biogenesisは2020年に設立されたフランスのスタートアップで、Alexandre Reeber氏、Chouaib Meziad氏という2人の若手研究者によって設立され、神経変性疾患に対する細胞治療、培養肉生産のための成長因子開発、そしてmRNA生成に関する酵素開発という3つをプラットフォームとする企業です[9]。

彼らが培養肉業界で注目を集めている理由は、彼らのゲノム編集の対象が、培養する筋肉細胞ではなく、培地の成長因子であるからです。成長因子は、培養肉の増殖に用いる培地の中でも最もコストのかかるものとして知られていますが [10]、彼らによれば、成長因子を生産する植物に対してCRISPR/Cas9によるゲノム編集を適応させることで、成長因子を従来の25倍もの効率で生産することができ[11]、これにより培養肉生産にかかるコストは従来の10分の1にまで減らすことができるそうです。

人工培養肉の未来

今回は人工培養肉について紹介しましたが、これを読んだあなたは人工培養肉を食べてみたいと感じたでしょうか? 日本に暮らしていると、その食物の豊かさゆえに、世界で食肉に関する問題が起きていることには気がつかないかもしれません。しかしひとたび視野を広げると、人口増加に伴う食糧問題は思った以上に大きく根深いことに気がつきます。こうした問題に最新の技術を用いて取り組む研究者・企業も数多く存在しています。私たち日本人も、地球にすむ一員としてこうした問題に関心を持ち、解決策を考えていく姿勢が大切ではないでしょうか。

参考文献

[1] Company opens the first industrial cultured meat facility, with immediate outlook toward U.S. expansion
[2] 世界の人口推計2019年版
[3] What is the true cost of eating meat?
[4] Hannah Ritchie, “Half of the world’s habitable land is used for agriculture “, Our World in Data, Nov. 11, 2019.
[5] Mekonnen, Mesfin & Hoekstra, Arjen. (2010). The green, blue and grey water footprint of farm animals and animal products. American Journal of Hematology – AMER J HEMATOL.
[6] UPSIDE Foods
[7] Method for scalable skeletal muscle lineage specification and cultivation
[8] Methods for extending the replicative capacity of somatic cells during an ex vivo cultivation process
[9] Core Biogenesis
[10] Growth factor research is key to making cell-based meat affordable
[11] Using plants as biofactories to produce high-value molecules 10 times cheaper

※この記事は、https://www.setsurotech.com/media_cat/genomedit/ に掲載のコラムとセツロテック監修ゲノム編集の本「らせんを操るゲノム編集」をもとに再編集したものです。